2011年12月13日

「Concerto」 フェリーチェ・カゾラーティ

Concerto フェリーチェ・カゾラーティ

フェリーチェ・カゾラーティ(Felice Casorati:1883年12月4日 - 1963年3月1日)は象徴主義に分類されるイタリアの画家。

元々は自然主義的な作品を制作していましたが、グスタフ・クリムトの影響で、カゾラーティはより幻想的な絵を描くようになりました。

Concerto(日本語でコンサート)は1924年の作品。

こちらの絵も「Meriggio」同様に日常を描いた作品ですが、抽象化されたその世界はまるで時が止まっているかのようにも感じられます。

女も無表情で、音楽を愉しんでいるようには見えません。

そもそも凝固されたこの空間において、裸の女が奏でるギターが音を響かせるのでしょうか?いずれにせよ人々がこの絵に引き寄せられるのはこの絵がもつ非日常性にあるのでしょう。

歴史家で美術批評家の R.ジョッリがカゾラーティについて「カゾラーティの作品において、体積は質量を持たず、色は実態を持たない。全て架空のもので、生活は生命を欠いている。太陽もまるで月のようだ。何も固定されず、定義されない。これらの特性が彼の作品を特別なものとし、彼を形而上的画家とする」と評したのも十分に分かる気がします。

世紀末の夢―象徴派芸術
「世紀末の夢―象徴派芸術」
 [単行本]
 著者:フィリップ ジュリアン
 出版:白水社
 発売日:2004-04
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2011年11月30日

「サロメ」 フランツ・フォン・シュトゥック

サロメ フランツ・フォン・シュトゥック

フランツ・フォン・シュトゥック(Franz von Stuck、1863年2月23日 - 1928年8月30日)は、分離派(ミュンヘン分離派、1892年)の創始者の一人であるドイツの画家・版画家・彫刻家・建築家。神話に取材した寓意的な絵や、宗教画、肖像画を多く描きました。

「サロメ」は1906年に描かれた作品。

サロメは「洗礼者ヨハネの首を求めた人物」として新約聖書に登場する少女。
参考のため『マタイによる福音書』の中にある記述を載せておきます。
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そのころ、領主ヘロデはイエスのうわさを聞いて、家来に言った、「あれはバプテスマのヨハネだ。死人の中からよみがえったのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」。

というのは、ヘロデは先に、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤのことで、ヨハネを捕えて縛り、獄に入れていた。すなわち、ヨハネはヘロデに、「その女をめとるのは、よろしくない」と言ったからである。そこでヘロデはヨハネを殺そうと思ったが、群衆を恐れた。彼らがヨハネを預言者と認めていたからである。

さてヘロデの誕生日の祝に、ヘロデヤの娘がその席上で舞をまい、ヘロデを喜ばせたので、彼女の願うものは、なんでも与えようと、彼は誓って約束までした。すると彼女は母にそそのかされて、「バプテスマのヨハネの首を盆に載せて、ここに持ってきていただきとうございます」と言った。王は困ったが、いったん誓ったのと、また列座の人たちの手前、それを与えるように命じ、人をつかわして、獄中でヨハネの首を切らせた。その首は盆に載せて運ばれ、少女にわたされ、少女はそれを母のところに持って行った。

それから、ヨハネの弟子たちがきて、死体を引き取って葬った。そして、イエスのところに行って報告した。
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サロメはその異常性から多くの芸術作品のモチーフとなりました。

このシュトゥックの「サロメ」は、そういった作品の中でもサロメの狂気や妖艶さ、退廃的で凄惨な状況などがいかんなく描かれています。満天の星空の中で、青白い裸体を曝しながら恍惚と踊るサロメには何処となく私たちを誘惑する何かがあるように思います。

(絵画ではなく戯曲にはなりますが、オスカー・ワイルドによる『サロメ』も傑作だと思いますので、よろしければご一読ください)

ミュンヘン近代美術展―世紀末から青騎士へ シュトゥック・カンディンスキー・クレー (1977年)
「ミュンヘン近代美術展―世紀末から青騎士へ シュトゥック・カンディンスキー・クレー (1977年)」
 [−]
 出版:ミュンヘン近代美術展北海道実行委員会
 発売日:1977


Franz Von Stuck: Meisterwerke Und Malerei
「Franz Von Stuck: Meisterwerke Und Malerei」
 [ペーパーバック]
 出版:Hirmer Verlag
 発売日:2008-12-31


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2011年11月16日

「Meriggio」 フェリーチェ・カゾラーティ

Meriggio フェリーチェ・カゾラーティ

フェリーチェ・カゾラーティ(Felice Casorati:1883年12月4日 - 1963年3月1日)は象徴主義に分類されるイタリアの画家

Meriggio(日本語で「お昼」)は1923年に描かれた作品。

裸のまま昼寝を貪る日常を描いた作品ですが、そこは生気が完全に欠けています。女の肉体は硬直し、まるで死体のよう。抽象化されたその世界はまるで時が止まっているかのようにも感じられます。

歴史家で美術批評家の R.ジョッリはカゾラーティについて「カゾラーティの作品において、体積は質量を持たず、色は実態を持たない。全て架空のもので、生活は生命を欠いている。太陽もまるで月のようだ。何も固定されず、定義されない。これらの特性が彼の作品を特別なものとし、彼を形而上的画家とする」と評しています。

この抽象化された形而上的な作品が好きな方は恐らく「女と海 〜 フェリックス・ヴァロットン」のような作品も好まれるかと思いますので、よろしければそちらもご覧ください。

世紀末の夢―象徴派芸術
「世紀末の夢―象徴派芸術」
 [単行本]
 著者:フィリップ ジュリアン
 出版:白水社
 発売日:2004-04
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2011年11月01日

「Reclining Nude(横たわる裸婦)」 ジョヴァンニ・ボルディーニ

Reclining Nude(横たわる裸婦) ジョヴァンニ・ボルディーニ

ジョヴァンニ・ボルディーニ(Giovanni Boldini, 1842年12月31日- 1931年7月11日)は、イタリア出身の肖像画家。写実主義に分類されることが多いようですが、「swish of master」と評される独特の技法は写実主義に収まらないようにも思います。
【swish:〈つえ・むち・尾などを〉ヒュッと振り回す】

この「Reclining Nude(横たわる裸婦)」もボルディーニの独特の技法がいかんなく発揮された作品。

奔流する紅の中に浮かび上がる白い裸体、唯一裸体に身につけられた黒いストッキング、そして何かを鋭く射抜く女の眼光。

それらの要素が相まって、この絵では女の激烈たる内面を暴いているようにも思われます。
乱雑に飛び跳ねる色彩、激烈な筆致は写実主義というよりは印象主義を思わせるもの。

ドガやマネ、ロートレックといった印象派の画家と深い交流があったとのことですから、そういったところから大きな影響を受けているのではないでしょうか。

Giovanni Boldini in Impressionist Paris (Sterling & Francine Clark Art Institute)
「Giovanni Boldini in Impressionist Paris (Sterling & Francine Clark Art Institute)」
 [ハードカバー]
 著者:Sarah Lees
 出版:Clark Art Institute
 発売日:2010-01-19


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2011年08月30日

「浴槽に入る薔薇色の裸婦(浴槽のピンク色の裸婦)」 ピエール・ボナール

浴槽に入る薔薇色の裸婦(浴槽のピンク色の裸婦) ピエール・ボナール


ピエール・ボナール(Pierre Bonnard, 1867年10月3日 - 1947年1月23日)は、ナビ派に分類される19世紀〜20世紀のフランスの画家。ナビ派の中でも最も日本美術の影響を強く受け、「ナビ・ジャポナール(日本かぶれのナビ、日本的なナビ)」と呼ばれました。

また、室内情景などの身近な題材を好んで描いたことから、エドゥアール・ヴュイヤールと共にアンティミスト(親密派)の代表的な画家としても有名です。

この「浴槽に入る薔薇色の裸婦」のモデルはこの絵が描かれた翌年に結婚することになるマリア・ブールサン(通称マルト)。

ボナールとマルトの出会いはボナールが26歳の頃。それから長年画家とモデルという関係を経た後、ボナールが58歳の頃にようやく結婚し、1942年にマルトが死去するまで二人は人生を共に過ごしました。

マルトは病弱では結核性の喉頭炎の持病がある上に、異常なまでの入浴好きで、一日のかなりの時間を浴室で過ごしていました。
そのためボナールがマルトを描いた絵は、自然と浴室の情景を舞台にしたものになります。

この「浴槽に入る薔薇色の裸婦」が描かれたときには、既にマルトは50歳を超えているのですが、この絵の中のマルトからはいまだに瑞々しさを感じることができ、未だボナールの愛情が衰えていないことを示します。

暖かみを感じさせる薔薇色に染まった裸体も、光に溢れる浴室もボナールのマルトへ対する慈しみを表すように思われます。

ボナール (アート・ライブラリー)
「ボナール (アート・ライブラリー)」
 [大型本]
 著者:ジュリアン ベル
 出版:西村書店
 発売日:1999-01

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