2011年11月30日

「サロメ」 フランツ・フォン・シュトゥック

サロメ フランツ・フォン・シュトゥック

フランツ・フォン・シュトゥック(Franz von Stuck、1863年2月23日 - 1928年8月30日)は、分離派(ミュンヘン分離派、1892年)の創始者の一人であるドイツの画家・版画家・彫刻家・建築家。神話に取材した寓意的な絵や、宗教画、肖像画を多く描きました。

「サロメ」は1906年に描かれた作品。

サロメは「洗礼者ヨハネの首を求めた人物」として新約聖書に登場する少女。
参考のため『マタイによる福音書』の中にある記述を載せておきます。
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そのころ、領主ヘロデはイエスのうわさを聞いて、家来に言った、「あれはバプテスマのヨハネだ。死人の中からよみがえったのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」。

というのは、ヘロデは先に、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤのことで、ヨハネを捕えて縛り、獄に入れていた。すなわち、ヨハネはヘロデに、「その女をめとるのは、よろしくない」と言ったからである。そこでヘロデはヨハネを殺そうと思ったが、群衆を恐れた。彼らがヨハネを預言者と認めていたからである。

さてヘロデの誕生日の祝に、ヘロデヤの娘がその席上で舞をまい、ヘロデを喜ばせたので、彼女の願うものは、なんでも与えようと、彼は誓って約束までした。すると彼女は母にそそのかされて、「バプテスマのヨハネの首を盆に載せて、ここに持ってきていただきとうございます」と言った。王は困ったが、いったん誓ったのと、また列座の人たちの手前、それを与えるように命じ、人をつかわして、獄中でヨハネの首を切らせた。その首は盆に載せて運ばれ、少女にわたされ、少女はそれを母のところに持って行った。

それから、ヨハネの弟子たちがきて、死体を引き取って葬った。そして、イエスのところに行って報告した。
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サロメはその異常性から多くの芸術作品のモチーフとなりました。

このシュトゥックの「サロメ」は、そういった作品の中でもサロメの狂気や妖艶さ、退廃的で凄惨な状況などがいかんなく描かれています。満天の星空の中で、青白い裸体を曝しながら恍惚と踊るサロメには何処となく私たちを誘惑する何かがあるように思います。

(絵画ではなく戯曲にはなりますが、オスカー・ワイルドによる『サロメ』も傑作だと思いますので、よろしければご一読ください)

ミュンヘン近代美術展―世紀末から青騎士へ シュトゥック・カンディンスキー・クレー (1977年)
「ミュンヘン近代美術展―世紀末から青騎士へ シュトゥック・カンディンスキー・クレー (1977年)」
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 出版:ミュンヘン近代美術展北海道実行委員会
 発売日:1977


Franz Von Stuck: Meisterwerke Und Malerei
「Franz Von Stuck: Meisterwerke Und Malerei」
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 出版:Hirmer Verlag
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posted by 裸の人 at 17:30 | Comment(0) | フランツ・フォン・シュトゥック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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